自転車は、自分の体力で行けるところまでしか行けない、という明瞭に限界がある中で、誰しもが自由を味わえる乗り物だ。そしてとても不思議なことに、私たちはその、限界が存在しているということにむしろ、解放感を感じているらしいのだ。もちろん、記録に挑みたくなるのは人間の本性であるから、その限界をいくらか拡大することはできよう。が、大局的にはさして変わらぬ。超人であろうと、凡人であろうと、あなたの身体が許すだけ、ということなのだ。
[参考情報]
みなとみらい駅のホテル - じゃらんnet
http://www.jalan.net/hotel/140000/STA_044502/
上高地ホテル - じゃらんnet
http://www.jalan.net/yad348520/
Unknown:東急ステイ新橋 - じゃらんnet
http://www.jalan.net/yad349186/
そして超人であろうと、凡人であろうと、身体が許すところまでは、行動半径を広げることができる。そしてなおかつそれには限界があるのだが、そのことが逆にむしろ、私たちを自由にする。その自由は、人よりたくさん走れた、人より速く走れた、ということに由来する自由ではなく、競うという一方向への思考から解放されることの自由であろうと私は信じる。20世紀は、誰にでもできることの重要さを見失った時代だったかもしれない。まあ受験というシステムの影響もあるかもしれないが、ともかく順位づけが日常のあらゆるところに浸透している。勝ち組か、負け組か、その短絡的な2元論もひとつの帰結だ。